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アウトドア環境教育

山本 幹彦(当別エコロジカルコミュニティー代表)

実物と触れあうことの重要性

 

 この図をちょっと見てください。世界の都市化の進行のグラフなんですが、ヨーロッパやアメリカは産業革命によって早くに都市化が進んでいます。1800年代の後半には、半分ぐらいの人が都市に住んでいました。日本では戦後になって急激に都市化が進んでいくんですけど、終戦後はまだ都市に住む人の割合は35%を切っていました。そのころはどんな暮らしをしていたかというと、都市ではなくみんな田舎に住んでいました。そこで自然に触れるような生活をしてたわけですね。

 どんなことをしてたかというと、生活自体は野外で、ときどき学校に行って部屋の中で勉強する。野外で体験したことを学校に行って教えてもらったら、「あ、こういうことなんだ。」ってわかる。何か重い荷物を運ぶときに、木を支えに使ったら簡単に動いた。あれは「てこ」って言うんだっていうことを学校で習った。子どもたちがそういうふうに十分な体験をしてたから、学校で知識を得たらそれを自分の体験と結びつけて考えることができたので、自分のものとして理解していた。でも今では生活も室内、学校も室内ばかりですよね。都市化が進んで自然と離れてきた。だから私が思っているのは、学校のすべての授業をアウトドアでしたらどうだろう。それが今回のアウトドア環境教育のお話です。

 

 

 もともと私は京都のユースホステル協会で仕事をしていました。旅行が好きだったので、中学校時代はサイクリングをしていて、高校では山登りをして、大学に行ったらずっと旅行ばっかりしていました。そういったときにユースホステルをよく使ってたんですね。

 ユースホステルの始まりは、110年前のドイツです。さっきの都市化にグラフを思い出してください。今から110年前っていうのはヨーロッパで第2次産業革命が起こって、今の日本と同じように都市化が急激に進んだ時代です。同じように土に根ざしていた生活が、都会のアパートで暮らすようになり、そのころは重工業が中心だったので、子どもたちが外に出ると空気が悪くて室内で勉強するような状況だったんです。そうすると、やっぱり実体験を伴う教育をしないとダメだということで、小学校の先生が夏休みに子どもを連れて旅行に行くんですね。その時に宿泊施設が必要になって始まったのがユースホステルなんです。一番最初は、休みのときに空いている小学校の教室を利用して、そこにベッドを入れて宿泊所にしていたんですね。

 そのアイデアがドイツでスタートして、その後第1次世界大戦の頃にアメリカに渡って、第2次大戦が終わってから日本にやってきました。しかし海を渡る度に、その根本的なアイデアは全部海の中に沈んでしまって、形だけが日本に入ってきて、安宿ということで日本でヒットしましたよね。なので京都にいた時に、ドイツやアメリカの人と交流をしながら、もう一度ユースホステルの原点に戻ろうよっていうようなプロジェクトを組んでたんですけど、その時に、どのぐらい海の底に沈んでるんだろうねっていう話をよくしていたことがあります。

 もう一度、現地を訪ねて学ぶ。そういうことをしないとダメなんじゃないって思ってるんですが、今は日本で若い人たちがバックパックを背負って旅行している姿は見なくなりましたね。私たちがユースホステルに関わっていたことがうまくいかなかったな、残念だなという感じなんですが、でも海外に目を向けると、たくさんの人がバックパックを背負って旅行しています。

 ユースホステル運動の精神的な支えは思想家のルソーです。ルソーは小さいときに実物と触れあうことの重要性について説いています。「エミール」という小説には、ある一人の少女が成長していくまで、そしてどんなふうに成長したのかが書かかれているんですが、その中で、14歳になったエミールを旅に出すんですね。旅にも2つの種類があって、ひとつは物見遊山で観光地だけを巡る旅、それは悪い旅だってはっきり言っていま

す。もうひとつは自分の足で歩いて旅をすること。そういう旅をしないとダメなんだ。そんなふうに、エミールにバックパッキングをさせるんですね。その本を読んで、それが必要なんだって言って始めたのがユースホステルの人たちです。

 

 こういった実物との体験を若いうちにじっくりするっていうのは、素晴らしいことなんだと思います。それがない今の私たちって、一体どんなことが起こってるんだろう。

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