top of page
コミュニケーションと環境教育

川嶋 直さん(公益社団法人日本環境教育フォーラム理事長・NPO法人自然体験推進協議会理事)

想像の中だけの自然

 

環境問題解決のためには3つの方法がある。1つは規制。2つめは技術の力で解決しよう。3つめが教育です

私たちの意識を変えることで環境問題を解決しよう。これが環境教育ですね。環境規制、環境技術、環境教育

というふうに言ってもいいかなあと思います。さあ、どれが大事でしょうか…なんてナンセンスな質問ですね。

3つとも大事ですよ。ただ、みんなの意識変革がなかったら、誰も規制を守らないし、新たな発明や技術革新

も起きないんじゃないかなって思いませんか? 僕たちの気持ちが変わるってすごく大事。

 

環境教育の3つの入り口を考えました。一つは自然を知る。これは僕らが頑張ってやっていることです。問題

を知るっていうのも環境教育。今なにが問題なのか。地球規模で、地域で、いろんな問題があります。それか

ら、全部わかってるわけじゃないけれども、解決方法を知るっていうのも環境教育ですね。節約しましょうと

か、分別しましょうとかもそうですね。「知る知る知る」って言いましたが、知ればそれでOK か? そうじゃ

ない。行動する人を育てなきゃいけない。どれも環境教育ですよって言いたかっただけです。知るだけではな

く、どうしたら行動する人が育つのか、そんな簡単な答えはないです。30年も環境教育やっていて、環境教

育は環境問題の解決に役に立っているんですかって言われます。世界中の環境問題はどんどん悪くなるばっか

りですよ。森の中で遊んでいるだけで、どうしてそれが教育なのって言われることがありますね。でもね、環

境教育にとって自然の中での体験は大事だと思っています。

 

 

ある大学の先生が女子大生に聞きました。「今から見せる川の写真3枚の中で、一番親しみを感じるのは次の

うちどれですか。」1つ目は上流域を流れる川、草ボウボウ、岩ゴロゴロ、渓流釣りなんかが出来る川。2枚

目は都市域を流れる川、コンクリート護岸で生きものがあんまりいないような川。3枚目は海に近くの下流域

を流れる川で、広い河川敷でサイクリングロードがあるような川。イメージできますか? 女子大生が一番親し

みを感じたのはどれでしょう。正解はサイクリングロードのある川でした。では、残りの2つだけで聞いたと

ころ、次に圧倒的に支持を得たのがコンクリート護岸の方です。なぜですかと先生が尋ねると、消去法で考え

たと言うんですね。こっちは、虫が出そう、ヘビが出そう、怖い、気持ち悪いのでこっちの方がまし。「では、

渓流で遊んだことがある人は?」って質問をしたところ、ゼロだったそうです。本来の川の姿を毛嫌いするの

はまずいんじゃないのと思いますね。知らないのに嫌っているんですね。温度も、匂いも、痛みもない。想像

の中での自然。画面で見ただけで、知ったかのようになっている。

若い人と握手をするとしますね。そして「力を合わせてきれいな川を取り戻すために頑張ろう」と。僕がイメ

ージするのは3枚目の川なんですが、でも、相手はこれが一番いやで、力を合わせられないんです。全然握手

になってないんです。ですから、自然体験大事でしょうって。自然は怪我したり、いろんなことがあるけれど

それも含めて僕らが住んでる地球でしょう。でもじゃあ、そんな彼女たちを非難できるのかって話なんです。

自然の中での体験を充分に与えなかった地域の大人や親たちの責任なんじゃないのかなあと思うわけです。

 

 

 

 

足もとの自然から始めよう

 

「エコフォビア」っていう言葉があります。自然嫌いとか、環境恐怖症とかっていう意味なんですね。北極の

氷がどんどん溶けてシロクマさんが住めなくなっちゃうよとか、熱帯林の森が焼き畑でどんどんなくなってい

くんだよとか、南太平洋の島が温暖化でどんどん水没してるんだよとかね、子どもたちに対してそういう環境

問題の負の面ばかり伝えることへの問題提起なんですよ。原題は「Beyond Ecophobia」という、

1990年代の後半にアメリカ人のデイヴィド・ソベルが書いた本で、日本語のタイトルは、「足もとの自然から

始めよう」。「環境恐怖症を越えて」なんてタイトルにはしなかったんだよね。この本の中では、まずは自分

の場所での充分な自然体験が大事だよねって言っています。北海道なんて自分の場所って良い場所ばっかりだ

から良いけど、東京の下町でも自然がないわけじゃないから、上手く空が晴れた日には星が見えるし、虫は飛

んでるし、道端にタンポポが咲いてたりするし、どこでも自分の町の自然を大事にしようということです。そ

れがさっき言った女子大生の川の話と同じで、地域の、まちの自然をよく知ろう、足もとの自然から始めよう。

この本の翻訳をされたのが慶応大学の岸由二先生なんですが、あとがきの中で、エコフォビアではなくて「エ

コフィリア」っていうのを大事にしようと言っている。自然に対する愛着心ですね。子どもたちにどうせ地球

なんて滅びるんでしょうっていう気持ちにさせるのが環境教育なんですか? これも子どもの年齢によって違っ

てくるんですが、初めはそういう愛着心を大事にして、中学や高校になるともっと大きな話をしてもいいと。

 

 

今の話しの続きで、環境教育って子どもたちにするものってどこかで思っていませんか。子どもたちに対する

環境教育もいいんだけれども、「大人は今から教育しようと思ってもダメなんだから、子どもたちに」って言

う大人がいるんですね。「未来を担う子どもたちにこそ環境教育を」って言うんですよ。僕はね、はぁ、と思

うわけです。そんな無責任な大人のことを聞く子どもって一体どこにいるんでしょう。環境教育って、大人た

ちが作ったツケの払い方を教えるってことなんでしょうか。じゃあ、環境教育は子どもたちにいらないって言

うんですかって聞かれますが、そんなことはないですよね。だから、充分な自然体験は大事だと思っているし、

素晴らしい自然体験、地域の中での自然体験も含めて、自然の中での体験を充分にさせてあげることが大事で、

もう一つ大事なことは、環境問題解決のために頑張っている大人の後ろ姿を見せることなんです。

「足もとの自然から始めよう」

デイヴィド・ソベル 著

岸 由二 訳(2009)

次のページへ

bottom of page