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地域に根ざしたネイチャーセンターの活かし方・育て方
「心に自然は必要か? 心の発達と自然体験・環境教育」札幌ワークショップ

自然が脳と心を豊かにする

 

山本 おもしろいですね。衝動と倫理観が互いに引っ張り合ってるんだ、というお話でした。

続いては鵜飼さんに、このことを精神科学の視点からお話しいただきます。

 

鵜飼 渉 札幌医科大学、精神科の鵜飼といいます。私は、今話していただいた内容を医学的に、実際に脳の中でどんなことが起きているかということをお話ししたいと思います。

日本でも鬱病に罹る(かかる)人が増えてきています。小児の鬱も増えていて、社会問題にもなっています。鬱病の人たちの脳では何が起こっているのか。少し脳の中をのぞいてみると、鬱病の方の脳は、アルツハイマーの方と同じように海馬が小さくなっています。そしてこういった、脳の中の海馬が小さい子どもの存在も分かってきています。脳がこんな風になっていったら、心はどうなるのだろう。

​脳の中では、楽しい、嬉しいという「快」を感じる部分と、悲しい、良くないという「不快」を感じる部分が異なっています。2つの反応をそれぞれ見ていくと、鬱病の人は元気な人と比べて「快」の部分の反応が小さく、「不快」の部分が大きいという結果が出ています。どうせ何も楽しいことは起きないだろう、あるいは何かもっと悪いことが起きそうだ、という「予測」を立ててしまう。そんなふうに、鬱になると脳の中の機能まで変わってしまうということが分かってきました。

 

どうしてそんな脳になってしまうのか。人間は逃げられないストレスが来た場合に、細胞の中で神経栄養因子(BDNF)というものを作るシグナルが減少してしまうんですね。このBDNFは細胞どうしをつなぐ機能を持っていて、神経のネットワークをつくり、脳の再構築を進める大事な物質です。豊かな環境や複雑な環境によってBDNFが増えるということが分かっていて、そういった刺激の代表が自然なんですね。我々がつくり出せない刺激の代表です。つまり、子どもたちを森や自然に連れて行ってたくさん遊ばせると、神経がたくさん作られるということなんです。

人間は狭いところにいるとストレスホルモンが高まって息苦しくなるんですが、豊かな環境で育てた人にはストレス耐性があるんですよ。ストレスホルモンが上がらないんです。子どもたちを自然いっぱいの環境で育てるということは、大人になった時に、いろんな苦しい環境の中でも「それでも明日いいことがある」と思えるような脳を作るために大事なんだろうと思います。

もうひとつ、他者とのコミュニケーションを活発にするオキシトシンという物質があります。この物質も、種々の自然体験によって増えることがわかっていて、日本でも自閉症患者に対してオキシトシンを使った臨床試験が進んでいます。

自然体験活動による脳の変化が、豊かな心、マインドフルネスにつながっていると思っています。自然との触れ合いや森での活動は豊かな脳の発達を促すだけでなくて、私たちはそこに治療的な効果を見出そうとしています。神経の再生を促す効果まであるんじゃないかということを考えています。これからも皆さんと一緒に、自然活動を通して、豊かな脳や心の発達について、実践と理解を深めることを続けていけたらと思います。

 

 

 

心の中の川のせせらぎを聞き取ること

 

山本 続いて城後先生と小澤先生から、子どもたちの教育についてお話しいただきたいと思います。

 

城後 豊 私の専門は保健体育の教員なんですが、以前はアメリカで体験学習や野外教育、環境教育のリサーチを15年ほど続けていました。そういったプログラムをどうやって日本に持ってきて教材化するかという研究です。そういう関係で、現在は子どもたちの教育に携わって研究をしています。

環境教育や野外体験は、点と線と面という捉え方でプログラムを進めていきます。ある一カ所の部分だけを体験しても何もならないという考え方なんですね。例えば「水の循環プログラム」では、川の流れといったテーマにそってプログラムを組むべきだということです。その川の循環の中で、生きものたちがどのように息づいているのか、またその土地の汚染の原因や開発による変化など、川の文化や地質学、生態学といった様々な要素をプログラムとしてどうやってまとめていくかということが大事になってきます。そしてそういった自然の循環の中で、子どもたちの自然に対する思いや感性をどう育てていくのか。知覚や感性、直感というものをどのように体験の中で身につけていくのか。そういうことをプログラム簿点と線の中に位置づけていくことが大切なんだろうと思います。

 

子どものコミュニケーション能力というのは、行動を通さないと、体験をしないと言葉が生まれてこないということをつくづく感じています。行動を通して言葉が生まれ、それが実際の言葉と一致するような体験が、自然の中ではたくさんできるだろうと思います。その中で、子どもの行動というものを、我々大人や指導者がその場その場でどのように評価しながら言葉を投げかけていくのか、ということが大事です。親の態度やしつけによって、子どもの心情は大きく変わっていきます。子どもを責める人がいれば必ず助ける人もいないといけない。そして、プログラムそのものの筋道がきちんとしていないと、その責め方も、叱り方も、助け方もなかなかうまくいかないんです。

先ほどの話にもあったように、脳と心と言葉について、子どもたちの感性の中の小さな川のせせらぎをどうやって聞き取るかということは、自然に起きることと、そこで経験すること、またいろんな人たちの感性の違いなど、それぞれの五感がどのように交錯して、ひとつのプログラムとして学んでいくのかが非常に大事ではないかと思います。

 

 

 

子どもたちの人間力を育てていく

 

小澤 紀美子 皆さまこんにちは。私は北海道の旭川生まれで今は東京に住んでいるんですが、東京学芸大や東海大で教員をしていました。他にも日本環境教育学会の会長をしていたり、今は子ども環境学会の会長をしています。

私たちは戦後、2つの自然破壊をしてきました。ひとつは、外なる自然の破壊。緑の消失や大気汚染など、目に見える自然破壊です。これは私たちの暮らしや生産活動によって失われてきたものですね。もうひとつは、内なる自然破壊。もともと地球上に生まれてきた私たちは、遺伝子の中に自然を持ってるんだということですね。それが破壊されている現状をどうするか。この2つの自然破壊は、相互に関連してると思います。それなのに、自然消失だ、あるいは大気汚染だと、そういうことだけを言っている。そうではないと思います。

子どもたちの内なる自然を考える上で、学力テストを見てみるとわかりやすいんです。学力テストの全国1位は、秋田や福井県です。なぜか。自然体験が豊かで、自然に触れることによって学習意欲が増すということなんですね。でもそこがわかってなくて、未だに多くがカタログ的な知識を詰め込んだ教育をしています。暗記ばかりのテストを重視した受験学力で、その後はどこどこを出たっていう名刺だけで仕事をしている。そんな人には日本の将来は任せられないんですね。そんなことではダメだろうということが、だんだん明らかになっています。

子どもの成長にはある程度の順番性がありますから、私は乳幼児期から自然に触れさせるべきだと思います。自然の中の、葉っぱのざらざらした感じとか、オタマジャクシのぬるぬるした感覚とか、そういった皮膚感覚や五感を育てていくことが必要です。知識だけを入れるんじゃなくて、そうではない感覚も大事なんですね。そして、ただ自然に触れるだけではなく、いろんなの人たちと接することで、とても豊かな子どもが育つんです。要するに内なる自然破壊っていうのは、自然とか他者との関わり、つながりが薄れてきているということなんですね。そういう関係性の中で、子どもたちの人間力を育てていくこと。それが一番大事ではないかと思います。

 

アメリカの場合は、ネイチャーセンターのようにボランティアやいろんな人たちが対応してくれる場が多いと思います。しかしボランティアにしても、土地の所有制も寄付の制度にしても、日本ではなかなか厳しいところがある。公園なんかで遊んでいても、そこを管理するお年寄りなんかに「自然を触っちゃダメ、葉っぱも抜いちゃいけない」って言われたりする。そういった対応の部分から、みんなで考えて変えていく必要があります。

でも日本の学校のすごいところは、どこでも工程に畑がありますよね。だから例えば子どもが少なくなって学校の畑が余ってたら地域の人たちが集まって使えるようにするとか、地域にある公園で農業ができるようにするとか、そういった場が必要です。私は、我々の持ってる内なる自然は、墓に入るまで成長すると思ってるんですね。そういった人間力が育っていくような場所を、私たちはつくっていく必要があるのではないかと思います。

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