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COVID-19時代の宿泊学習

1 ニューノーマル(新しい日常)と宿泊学習

 「こんな時に5年生の担任になって・・・」なんて、その準備に感染対策が増えるとため息も出てしまいますよね。それでなくても休校になった分の授業を取り戻すのに四苦八苦の毎日に加えて宿泊学習の準備から実施までを考えると頭が痛くなりますよね。でも、全国のいくつかの自治体では早々と中止を決める中、北海道では宿泊学習を延期して中止はしませんでした。そして、多くの先生から「こういう時期だからこそ、子どもたちに自然の中に連れて行ってやりたい」という声を聞き、いくつかある特別活動の中でも宿泊学習の特別な位置づけを再確認しながら、その思いに答えるプログラムをどのようにすれば良いのか? このピンチをチャンスに変える宿泊学習について考えてみました。よろしければ最後までお付き合いいただき、皆さんのフィードバックをいただければ幸いです。

 この正体がわからないCOVID-19に立ち向かうにはTECだけでは到底なかわないなあと同時に、これをきっかけに、共同で立ち向かい、新い宿泊学習を話し合えないだろうかと、国立日高少年自然の家の所長や道立ネイパル厚岸の副所長に声をかけ、「子どもたちに緑を! 「野外で学ぶ宿泊学習アイディアネットワーク北海道」というFacebookグループを4月に立ち上げました。当初は北海道を中心とした宿泊学習に関わる施設スタッフ、学校の先生、保護者のネットワークも、今ではメンバーも約350名と全国に広がり、最近ではそれぞれの実践を報告しあい、模索しながら子どもたちの安全を最優先に、新い宿泊学習や学校の野外教育、野外での授業を通しての安全な空間作りなどの話題に発展してきています。もしよろしければネットワークにもお入りください。

 

 まず、国の勧告に従って「宿泊学習における感染防止ガイドライン」を作りました。その上で、学校を出てから帰るまでの宿泊学習全体のプロセスに沿ったリスク要因を一覧表にして、具体的な対策を検討して実際に行っています。そしてこのリスク一覧表を作ってみると、このプロセスを宿泊学習に来られる学校で子どもたちと一緒に対策を考えることができると良い教材になるのではという気づきでした。というのも、宿泊学習の学びの主体は子どもたちにあることをもう一度思い出すと、このCOVID-19下における宿泊学習という体験自体が実は大きな学びの場なんです。毎年のように状況が変わり、宿泊学習の位置づけや意味合いも社会の状況や子どもたちの状況によって変えなければならないと思っています。いつも同じプログラムをするにしても、その目的やテーマを変えながら、特に今年は特別な宿泊学習です。そして、それがこれからも続くかもしれません。

 

 特別活動の目的として明記されている3つに「人間関係形成」,「社会参画」,「自己実現」があり、「集団や社会の形成者としての見方・考え方」を働かせながら 「様々な集団活動に自主的,実践的に取り組み,互いのよさや可能性を発揮しな がら集団や自己の生活上の課題を解決する」ことを通して,資質・能力を育むこ とを目指す教育活動」とあり、その中に宿泊学習も位置づけられています。今、一人ひとりの行動が目に見える形で社会に反映されてしまいます。ぜひ、子どもたちにもその自覚を促す良い時期ですし、生活を共にする宿泊学習のトピックの一つになると思います。

 

 「できるだけ準備に時間をかけずに宿泊学習をしたいんだけど・・・」というため息がここでも聞かれそうですが、今年のTECの道民の森での宿泊学習のプログラムは、数も少なく、内容も数も絞り込まれています。例年通りのプログラムを希望されている先生方には期待に添えずに申し訳ございません。詳しくはプログラムマニュアルをご覧ください。

 

 また、宿泊学習を安全に実施するためには、全体のリスクマネジメントが必要になります。こちらで考えられるプロセスを一覧表にしてみました。宿泊学習を準備される時はぜひご覧ください。そして、可能な限りの対策を考え、実行してください。日常の学校生活の中で慣れてきて、当たり前になってしまっていているかと思いますが、宿泊学習ではバスでの移動、宿泊と食事という場面が変わったり、学校とは違った施設で過ごすことになります。細かなところで3蜜になるケースもあるかと思いますし、フィジカルディスタンスが十分でない場面もあるかと思います。リスクを軽く見積もらないで対策を検討することをお勧めします。そして、ポイントは事前の健康管理です。

 

 「昨年の宿泊学習のスケジュールを使えば簡単にできるのに・・・」毎年引き継がれているプログラムを日程だけ変えれば簡単ですよね。まあ、全体の流れはそのままにして、感染対策だけすればそれほど難しいことはないかもしれません。そんな中でも、TECのプログラムを選んでいただきこれほど嬉しいことはありません。TECでは感染対策で人との距離を取らなければなくなくなったことを逆手に取り、単にプログラムを絞り込むだけではなく、主体的な学び方になるような流れを提案することにしました。これをきっかけに宿泊学習を見直し、前年からの申し送りではなく、担任となり、目の前の子どもたちにとって必要な宿泊学習にならないかと一歩踏み出しました。

 

 「こう時期だからこそ」の宿泊学習にするために何が必要になるだろう? COVID-19後の新しい世界に飛び出す子どもたちに必要な学びについて、TECの経験を元に「新しい学校生活と宿泊学習」をテーマに先生方への提案を考えてみました。

 

 TECは北海道の道民の森をフィールドに、2003年より森林環境教育プログラムをテーマにした宿泊学習プログラム「ワンダースクールプログラム」を提供しています。その間、約4万人の子どもたちと一緒に森の中を歩き、延約2,000人程の先生方とプログラムを一緒に行い、改善のアイディアをいただき、毎年のようにプログラムを改善し続けています。この提案は、北海道・道民の森での宿泊学習を利用する方を前提としていますが、一つのケースとして参考にしていただけるものと思っています。特に、「宿泊学習の企画作り」は私が今まで研修で行ってきた野外教育の企画作りをベースに書き上げた内容となっています。今年の非常勤で教えている北海道教育大学での「野外教育論」でも使ってみようかと思っているところです。

 また、この「ワンダースクールプログラム」のネーミングはレイチェル・カーソンの著書「センス・オブ・ワンダー」からいただきました。1998年にアメリカの環境教育のテキストで、リオで行われた地球サミットで世界中の指導者に配布された「Teaching Kids to Love the Earth(邦題「子どもが地球を愛するために)という本を翻訳して日本で出版しましたが、その副題が「センス・オブ・ワンダーワークブック」で、センス・オブ・ワンダーを育むための考え方や活動を紹介した内容の本でした。そして、レイチェル・カーソンは著書の「センス・オブ・ワンダー」でこのような文章を書いています。

 『わたしは、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭を悩ませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。子どもたちの出会う事実の一つ一つが、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、さまざまな情緒や豊かな感受性は、この種子を育む肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。』

 このように、ワンダースクールプログラムでは、知識を一方的に教えるのではなく、子どもたちの「センス・オブ・ワンダー」を引き出し、感じることを大切にしています。

 何よりも気になるのがCOVID-19感染対策ですね。学校が再開された6月、戸惑いながらスタートした新い学校生活はフィジカルディスタンスとマスクと消毒、健康チェックだったと思いますが、それもだいぶ慣れてきたところでしょうか。しかし、宿泊学習で検討しなければならない場面は普段の学校とは違いますが、基本は3蜜を作らないことと大声を出さないことです。では、どういうところで3蜜ができるか? TECでは道民の森での宿泊学習を想定して、「道民の森での宿泊学習におけるリスク分析一覧表」を作り、TECのホームページで紹介しています。すべてのシチュエーションをカバーしているわけではありませんが、参考にしてみてください。あわせて、「COVID-19パンデミックと道民の森の宿泊学習とTECの取り組み」というページを作り、その中にある「道民の森宿泊学習(Photo gallery)」では、今までに利用された学校の様子やプログラム中の子どもたちの活動を見ていただくこともできます。説明だけではなくイメージしやすいと思います。

 また、資料のコーナーでは「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル~学校の新い生活様式(2020.9.3Ver.4)」という文部科学省からの通達資料も紹介しています。すでにご覧になっているかと思いますが、文部科学省の事務官は慎重な対応を具体的な方法と一緒に紹介していますので是非ご覧ください。資料の初めには最近の事例のまとめが書かれています。「10 歳未満及び 10 代では、罹患率が他の年代と比べ低くなっており、これらの年代での発症割合、重症割合ともに小さいとされています。」と現在の小学校での実感に近い説明をされていますが、続いて「アメリカにおけるサマーキャンプでの集団感染や感染対策が不十分な場合には、同一部活動に所属し寮生活を共にする高等学校や大学において、大規模な感染者集団が発生する事例が確認されていたりします。このことから、気を緩めることなく感染対策を今後もしっかりと行っていく必要があります。」と慎重な対応を求めていています。TECでも宿泊学習リスク一覧表を作成しながら、決してリスクを軽く見積もらないように心掛けているところです。感染症に限りませんが、野外で活動する時は安全第一です。

 その上で、ポイントとなるのが、自分が感染しないことを優先するのではなく、誰もが自分が感染していると仮定して、人に感染させないという視点で行動することです。マスクは人に飛沫を飛ばさないために着用するのです。フィジカルディスタンスも自分の飛沫が人にどこまで飛ぶかを想像しながら間合いを空けるのです。人に触れた時に自分の手についたウイルスを人に移さないために行うのです。そう「思いやり」の行動が大切です。「思いやりのマスク」「思いやりの距離」「思いやりの手洗い」をいつも思い出し、行動に移すことを心がけることです。誰もが人のために行動すると自分も利益を受けて感染しないのです。自己を優先した行動から利他心に基づいた行動を実際の宿泊学習で身につけるという新しい宿泊学習のテーマかもしれません。しかし、利他心を育むというテーマは決してCOVID-19だけではなく、今までの環境教育やSGD’sも基本は人への思いやりです。しかし、地球環境や持続可能性と言われてもどこか他人事で、頭で理解するだけだったのですが、COVID-19は思いやりの行動を誰もがすることで自分も感染しないという環境問題と同じ構図を自分事として捉えて行動できる絶好の機会だと思います。そのために、リスク一覧表は子どもたちに説明し、できるところは一緒に対策を考えてみてください。今、COVID-19による差別や嫌がらせについて学校でも起こらないように子どもへの指導を指示があったばかりです。「思いやり」という漠然とした概念をマスクやフィジカルディスタンスや手洗いという体験を通して学ぶ良い機会だなあと思っています。

 

 「教科書で学ぶ情報は2次情報で体験は1次情報です。今の子どもたちは決定的に1次情報が少なすぎです。」とは、スウェーデンの幼児教育を大学で教える先生の言葉でした。知識としての2次情報で頭でいっぱいだけれども、それがどういうものかがわかっていない。宿泊学習は教科書で学んだ2次情報を体験という1次情報に触れる絶好の機会です。大脳の中では、右脳に蓄えられた知識が左脳で体験した感覚と結びつく時です。

 そして、体験はさせられるものではなく、自分で体験することに学びがあります。その時のセンス・オブ・ワンダーを育てるプログラムと子どもたちの自然認識を身体全体で理解するお手伝いの視点を大切にしています。そのポイントは楽しさにつながる好奇心です。
 

 

 以上のような視点から、ワンダースクールプログラムを作っています。そして、「与えられた体験」から「主体的に取り組む体験」への模索を数年前より行ってきました。例えば、森のビンゴというプログラムでは、当初は課題を書いたカードを用意し、その課題を探すプログラムでしたが、プログラムの導入としてカードの課題作りをグループで話し合い、自分たちでビンゴカードを作ってから森に行くようにしていました。そして、このCOVID-19対策として、グループ活動を制限することになり、事前学習で各自がビンゴカードを作ってから宿泊学習にきてもらうようにしました。それまでの道民の森に行けばプログラムを指導してもらえるから、自分たちが事前にプログラムを準備しないといけないと面倒に思われるかもしれませんが、子どもたちにとっては宿泊学習の動機づけにもなり、体験を通して「森や自然の何か」を学ぶ活動から、「森での活動を通して」学ぶ活動に大きく変わったと感じています。どうか、面倒がらずにお付き合いください。その場合、お忙しい中、新い授業を考えるのは大変かと思いますので、その場合は事前学習のお手伝いをしています。COVID-19が収束するまではオンラインでの事前授業とさせていただいています。

フランスの詩人アナトール フランスは次のように言いました。

あまり知ったかぶりをしないように。

人々の好奇心をかきたててください

心を開かせるだけでも充分だと思ってください

けっして知識の詰め込みをしないように

好奇心に火をつけるだけでいいのです。

引火性のものがあれば火はつくものです。

 まずはプログラムから見てゆきましょう。TECで提供しているプログラムは「TECワンダースクールプログラムマニュアル」としてホームページで公開していますのでダウンロードしてご覧ください。

 ポイントは3蜜の回避と大声を出さないことを徹底させた結果、「森の長老ミズナラ」以外の「ワンダーチャレンジ25」「森のビンゴ」「森で俳句ハイク」は基本的に森の中の広場で自由行動になり個人で課題に取り組みます。でも、様子を見ていると、個人で活動をしたり、友達と相談したり、時には課題と違うモノやコトに気が移る時もありますが、一定の時間を自分でマネジメントしながら課題に取り組みます。そして、このようなスタイルを今年取り入れた理由に、今の子どもたちの体力とメンタルな状態も気になるからです。私がこのようなNPO法人を立ち上げて環境教育の指導をする前はソーシャルワーカーとして10代や20代の心のケアを仕事としていました。同時に、ボランティアとして命の電話にも相談員として関わり、平日の午前中は「学校行けない」「いじめで死にたい」という多くの子どもたちの相談を電話で聴いていました。COVID-19パンデミックで学校が休校になり、ステイホームで友達とも先生とも会えない長い期間を経ての学校の再開と感染の恐怖や勉強のプレッシャーなど、心が折れそうな普段の生活を考えた時、宿泊学習で自然の中に来た時には、自分のペースを自然に癒されて取り戻してほしい、ゆっくり友達と過ごしてほしいという気持ちがプログラム以上に必要かもしれないと、ついつい思ってしまい、このようなフリーなプログラムにしているところもあります。


 

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4 今年のワンダースクールプログラム

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